雲游拳房BLOG

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老螳螂拳研究会・六合螳螂拳への道(その二)

 研究会の六合探求のきっかけとなった伊與久師兄は、諸事情により当時日本国内を離れられない状態にあった。それゆえ94年の第一次訪中学習団には残念ながら参加できない見通しとなってしまった。計画の中心人物を欠く形となり、成り行きで参加することになっていた私がいつのまにか独りだけ取り残されていた(笑)。この状況に深く懸念を抱いた根本先生は、札幌分会の斉藤慎也氏(93年春より札幌分会代表に就任)と市川分会の三浦直也師兄に御声を掛けられ、更にこの二名が参加する運びとなった。日本の旅行社より龍口市六合螳螂拳研究会とやっと連絡がついたと、先生のところに一報が入ったのも確かちょうどこの頃であった。ただし、どなたが教えてくれるか、どのような内容を、といった詳しい通達は最後までなかった。
 94年夏、斉藤氏を団長に三浦、片桐の三名で第一次訪中学習団が結成され、龍口に向かうこととなった。(二週間に及ぶ旅行の詳しい経過は項を改め、いつか紹介したい)このとき縁があり、單香稜系の林基有、張道錦両師と出会うことができ、ついに念願の六合螳螂拳の学習が始まった。
 95年夏、斉藤氏と私、さらに伊與久師兄、札幌分会の角瀬氏が加わり、総勢四名の第二次訪中学習団が結成された。このときは学習旅行としては一ヵ月半という比較的長い期間をとり、先年に続き朝昼晩と10時間を超える集中練習を組んでいただき、六合螳螂拳を身体に詰め込んでいくこととなった。この二回の学習旅行で、六合派の本門七套路、更に基本の二套路、中心となる基本功等を老師たちに無理を言って教授していただいた。もちろん時間が圧倒的に足らず、それぞれ完成を見ることはありえなかったが、向上は個々の後の修行に任されることとなった。この年以降、老螳螂拳研究会の六合派の訪中学習団は行われていない。(次の年から片桐の単独学習旅行のみになった。)

 老螳螂拳研究会の六合螳螂門では、北から斉藤氏(札幌分会)、角瀬氏(札幌分会)、伊與久氏(現、姜氏門)、三浦氏(現況不明)、片桐を師兄弟とし、それぞれが系統的な学習を積んだ。この他に佐野氏(名古屋分会)、飯塚女史(市川分会)が六合の専門的な学習を積み、根本先生を始めとする四先生が概要を理解されている。六合螳螂門に興味がある方は、上記の者にそれぞれお問い合わせ下さい。

  (終)
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