雲游拳房BLOG

螳螂門を中心に、武術全般について取り扱います。当BLOGは螳螂門を代表するものではありません。 文責はすべて片桐個人に帰します。無断転載・無許可の引用を禁じます。

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追悼王菊容老前輩

『上海武術界の華』『回族査拳門の女流名師』、王菊容老前輩がお亡くなりになられた、との情報が入りました。2005年12月25日御逝去されたとのことです。老前輩はアメリカ・ヒューストンの御自宅にて、眠るように安らかに旅立たれたとのことです。

王菊容老前輩は、近代の武術名人、『千斤大力士』王子平先達の御愛娘です。査拳門の拳械、弓術、ShuaiJiao、石鎖等を父より受け継ぎ、新中国建国後の武術事業発展に御尽力されました。晩年はアメリカに移住され、中国武術の世界発展に貢献されました。

思い起こせば、啓蒙の恩師根本一己先生より、一番始めに手ほどきをいただいた中国武術は十路弾腿でした。また師兄弟、師姐妹が査拳門の徒手套路や拳術二十法などを根本先生より教えを受けている姿を数多く見てきました。本門は螳螂門におく我々ですが、根本先生が王菊容老前輩から受け継いだ技は、今や我々の血となり肉となっています。本来、師Nai(師爺輩の女性の呼称)と拜さなければいけない御方です。

私自身は、2000年の上海で催された武術博覧会において、王老前輩に初めてお目に掛かりました。私が根本先生の学生であることをお伝えすると、非常に喜んでくださいました。根本先生の安康を問うお言葉と回憶を口にされ、徒孫輩である私や大嶋弟に温かい励ましの言葉を掛けてくださいました。本当に忘れられない想い出です。

当たり前かもしれませんが、人は誰しも歳をとり、寿命を迎え、世界も変わっていきます。しかし、平均寿命が延び、しかも病院で死ぬことが当たり前になった昨今、その当たり前が、当たり前のことではなくなってきているのかも知れません。本来、われわれ藝を学ぶ者こそ、死が身近にあることや儚さというものを強く認識しなければいけないのでしょうね。藝とは、変わっていく世界に揺るぎない姿を築き続けつつ、変わらない風景の中に失われていく姿を惜しみ求めていくことなのかもしれません。古人が詩に詠んだ、「年年歳歳花相似、年年歳歳人不同」というのは、そういう意味もあるのかもしれませんね。

謹んで王菊容老前輩の御冥福をお祈り申し上げます。

関連ニュース;
http://ezine.kungfumagazine.com/magazine/article.php?article=653
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この記事のコメント

中国へ訪問するきっかけは王老師でした。王老師の人柄と剣術に魅了されました。
大阪で初めてお会いし基本功の練習を見ていただいた時も、中国でも非常に高名である拳術家にも係らず、その適切な指導には感激いたしました。
上海で再会した時の元気な姿が偲ばれます。
本当にご冥福をお祈りしたいと思います。
2006-08-06 Sun 12:53 | URL | 不機嫌な天使 #39.Xi1sY[ 編集]
王菊容老先輩とは、2000年上海の大会でお会いし、お名刺を頂戴いたしました。
何故、あの時、もっと、お話を伺わなかったのかと悔やまれます。

一期一会という事は、本当にあるのですね。

謹んで御冥福をお祈り申しあげます。
2006-08-12 Sat 17:36 | URL | 査迷児 #-[ 編集]
最近、実家で中国武術の本を整理していると、王子平老師の『拳術二十法』を見つけ、王菊容老師のことを思い出したばかりでした。

確か、あの時、君と一緒だったっけ。

王老師と一緒に蔡鴻祥老師からも名刺を頂いた記憶がある。(王老師のは紛失してしまったけど…)

ご冥福をお祈りしたい。(-_-)
2007-02-27 Tue 00:08 | URL | ゆうき #-[ 編集]

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日中の国交自体の制約も多かった1970年半ば、所属していた日太協では毎年訪中団を送っていたので、太極拳を中心に中国で学習経験のある先輩方が多く、著名な先生方の話や、8ミリで撮影された動きも見ていましたから、私にとって中国の拳芸は、「大陸で学ぶべきもの」という …
2006-08-06 Sun 12:55 不機嫌な天使の見た目
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