雲游拳房BLOG

螳螂門を中心に、武術全般について取り扱います。当BLOGは螳螂門を代表するものではありません。 文責はすべて片桐個人に帰します。無断転載・無許可の引用を禁じます。

To be or not to be・・・・That's a question.

最近、武術界の先輩の方々から、
日本で武術を教える気はないのか?と尋ねられることが何度かあった。
実はそのたびに言葉に詰まってしまう。

自問自答することも多い。
自分の実力が師と呼ばれる存在に値しないことは、何よりも私自身が一番分かっている。
だから後進の指導を誤りたくない気持ちも大きい。
そして怠け心で面倒臭がる自分もいる。
教えるとなれば、体育会系のやり方で精神も感情も傾けなければならない。
それについてこられる人も少ないだろうと無駄に心配してしまう。

人に教えたことが無いわけではない。
他の武道をやっている後輩に簡単な形で武術を指導することは昔から時々あった。
また老螳螂拳研究会草加分会代表を務めていた頃、
弟弟子にして私の開門である田中大祐師弟を数年にわたり指導させていただいた。
当時六合への私自身の理解が足らず、六合本門を断片的にしか彼に教えられなかった。
それが唯一彼に対して申し訳なく思うところだ。
しかし彼のあの数年間の武術学習における成就には非常に満足している。
現在、彼は武術から離れてしまったが、自分自身の考えで判断をしっかりと下し、
礼を尽くし離れていった姿を、指導させていただいた人間として誇りに思う。

だから、門を閉ざす気は、今までも、そしてこれからもない。

ただ、もし時間と経済的な条件に余裕がある方ならば、
中国武術の故郷である大陸の地を踏み、
諸先輩方や私の様な先に行った者達が持ち帰れなかった技藝を、
より深く学んできて欲しいと強く思う。
そのための踏み台になら望んでなりたいと思う。

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私に関して | コメント:8 | トラックバック:0 |
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この記事のコメント

うーん、如何にコメントすべきか。
それこそ「縁」なんでしょうけど・・・。
片桐さんも「求道者」なんですかね?
2006-02-02 Thu 22:44 | URL | 青砥 #-[ 編集]
んー、なんと書けばいいのかわからないのですが、武術に対して本当に誠実なのだなぁと感じました。自分は武術に関して、技術云々も大事だとおもいますが、そういった熱い気持ちや考えを学ばせて頂くことも学ぶ人にとって宝になるんではないかなぁと最近思ったりしています。
生意気な事言ってすみません。。
2006-02-03 Fri 00:15 | URL | chapan #-[ 編集]
>青砥師兄
やはり「縁」でしょうね。
ただ「求道者」は不敢当です。
そこまでストイックではありません。
好きな武術を一生続けて行ければいいだけです。
上(師)から受けた恩を、今生で師にお返しできなかった分、下(後進)に分かち合いたいとは思っています。

>chapan様
素敵なお言葉、ありがとうございます。
武術に対して誠実であることは、実は大分と前に止めてしまいました。私は職業武術家でもなければ、職業格闘家でもありません。今は不意打ちや刃に対する日常の覚悟を保ち続ける自信もありません。そして意地と面子に賭ける生活を送る気もありません。肩肘張らずに師の伝えてくれた武術と一生向き合っていこうと思っています。おっと、私こそ生意気なことを言ってしまっていますね(笑)。武術との関係は人それぞれでよいと思いますよ。
2006-02-03 Fri 11:08 | URL | 片桐陽 #u6N1DTGI[ 編集]
深いお言葉ですね。ただ、片桐さんをはじめ、老螳螂拳研究会の諸先輩方の姿をみて、私も大陸へと発っていきたい気持ちが沸いたのは事実です。それほど影響を与えるのには、技術も含め熱い気持ちが後進の者たちに伝わっているからですよ。今回はいろいろとお世話になって、煙台に行く機会が得られ、本当にありがとうございます。この学習が今後の一助になるとうれしいですね。
2006-02-03 Fri 21:50 | URL | スーちゃん #-[ 編集]
そう、練功して行けばして行くほど、自分の未熟さを痛感し、人に教えるなど・・・ と感じますよね。 もう少し、もう少しで、ほんの少しだけ、今の課題は納得できそう。そんな時もありますよね。 でも、納得なんて到底出来ない。そんな自分が教える事なんて出来ない、でも若い動きができるのは、後どれくらいだろう。 色々な葛藤があり、自分を言いくるめてしまっている。自分(家族も含めた)の生活もまだまだ安心しきれない。 過去に人に教えた経験があり、自分の未熟さを感じている人であれば、当然感じる問題ではないでしょうか。 
 思い返せば、師父も私の知る期間だけでも、その功を深化する過程を示して下さいました。
 父から受けたものを、後の者へ伝えていく、それが「道」であり、先師たちや門に対する「孝」ではないのでしょうか。 その気持ちがあれば、「縁」も「機」もやってくるのではないでしょうか。
 な~んて思っています。 
2006-02-04 Sat 23:49 | URL | かっしー #-[ 編集]
ズバリ!!踏み台にさせてもらってます(爆)…スミマセン…。

何か、突然シリアスな内容ですね…。
まぁ、何と言うか…、片桐賢哥におかれましては、現在は六合蟷螂門の正式な掌門人ですから、そして林師父は既に不在…。
どの道、片桐賢哥が伝えなければ、そのまま無くなってしまうだけであり、かと言って、後代へ伝えるというと、今までの自分の蓄積が余りに自然というか…、ただ、好きという気持ちがあり、それに対し、情熱を注いで来ただけであり、苦い練習の日々も、また甘く感じ、中国の土に馴染み、半中国人として学び、今までやって来た…。
正直それで充分かと思います。

私が、初めての山東留学の折、青島の町を片桐さんと歩きながら、お話した事、覚えていらっしゃいますか!?「もし、私(大島)が、これから中国武術を学ぶなら、我流で功夫のある日本人の先生よりも、功夫はそこそこでも、ちゃんと伝統の物を伝えている老師から学びたい。」と…。

何故なら、そこには何代にも、積み重ねられた経験と技術の革新が有り、それが一つの大きな流れを形成し、学習者をその大きな波に乗せて、果てしない遠洋へと誘ってくれる(無論、流れ着く先は学習者個人の努力にかかっていますが…。)だから、敢えて伝統の東西を学びたいのだと…。

そして、片桐さんの六合螳螂拳は学ぶに余りある物だと思っています。また、功夫に関しても、日本人で、それだけの知識と功夫のある人間がどれだけいるものか…。私の知っている限り、両手の指の数で足ります…と…真不知天高地厚な発言ですが、い~んです。私の知っている限り!!ですから…。

そして、その知識と功夫で、未だ数多くの後輩を正しい方向へ導いてくれている。これは何物にも代え難い事です。(そ~でなければ、今、自分は中国にいませんし…“縁”ですねぇ…。)

ですから、何も気に病む必要は無いと思いますし、後は、どれだけ“本気”の学徒が就くか?だけですね…「花三年時間尋找良師、花三年時間尋找好徒。」練功必需要吃苦。この飽食の時代に…こちらの方が遥かに難しいと思いますが……。

いかがでしょう?




2006-02-05 Sun 01:09 | URL | 査迷児 #-[ 編集]
>鈴木兄
もう少しでまた山東ですね。
お気を付けて行かれて下さい。
いろいろとお気遣い戴きありがとうございます。
ただ根本門下の仲間たちは後進というよりは、
同志だとおもっています。
ですので御遠慮御無用で結構ですよ!

私は、中国武術愛好者は故郷を忘れるべきではないと考えています。根っ子みたいな部分はやはり移植できるものではないと思います。ですので可能な限り、その武術の生まれた土地に触れ、その土地の自然の中で、その土地の人々と、その土地の言葉で練習するべきだと思っています。私は会の方からは殆ど離れておりますが、根本先生がそうであられた様に、会の人間たちにも、我々が学んでいる武術のその故郷への思慕と先達たちへの尊敬を忘れて欲しくはありません。もちろん自分勝手な思いです。それを強要しようとは思いません。

>樫山賢弟
申し訳ない。
なんだか心配をかけてしまったようで。

この文書を書いた意図は、自堕落な自分に責任の重みを再認識させようというものです。賢弟のような功夫があり真面目な人間に読まれると、ちょっと恥ずかしい気持ちにさせられます。

でも本当にありがとう。
樫山賢弟の心遣いにはいつも感謝している。
開極門の中で、もし私がお役に立てることが有れば、何でも言って欲しい。
これからもよろしく。

>大嶋賢弟
賢弟、・・・・・・・・・・・・・。
掌門人って・・・・・・・・・・。
何か大きな大きな誤解をしているようだ。
上を見れば大陸台湾に多くの師伯師叔が居られ、林師父一門でさえ大兄二兄を中心に龍口に数名の師兄弟が居る。日本を見ても、各伝承を継がんと六合を真摯に学ぶ練習者たちが居る。私はあくまでも、林基有師父のいち入門徒弟であり、いち伝承者でしかない。

そもそも掌門人てのは、門内に公認された先代が指名してはじめて存在するものだ。だから貴方の把兄弟でもある樫山弟が、日本開極門の掌門人である事は紛れもない事実だ。中国の方は知らないが、日本の開極門に関しては、門の祖である孫玉龍師祖が明言されていた。樫山弟は年齢と功夫を理由にずっと固辞していたが、孫師祖の意志が最後まで変わらなかった事を私は知っている。だから私は彼には頑張ってほしいと思っている。

ところでだが、
公の場で余り身内をほめないでくれ!
しかも話が大きすぎてこっぱずかしい。
身内は気軽に茶化してくれるくらいがいい(笑)。
でもありがとう。

どうせなら功夫は一般、マニアックな知識は日本有数と言ってくれ!
2006-02-06 Mon 02:20 | URL | 片桐陽 #u6N1DTGI[ 編集]
心配なんていしてませんよ! 師兄に心配なんて必要ないでしょう!?(笑)  私のコメントも半分は、自分自身に対するものです。 師兄より、私の方が重症かも知れません。 掌門人の話しは、師兄のひと言が決定打だったのでは!!!懐かしいですねぇ~。 ともあれ私は、まだまだです。 現在の練功量は、とても納得のいくものではありません。それでも、毎日、日月の運行のように、整然と手抜き無く、躍動的で淡々と続けていきたいと思っています。 いつの日か、「向こう側」へ行きたいので。 そう、だから中国の地を踏むことは、大切な事だと思います。 地を踏むことがでなく、こちらから、あちらへ行くこと、その気持ちが大切だと思います。 
 こちらこそこれからも宜しくお願い致します。
2006-02-08 Wed 22:15 | URL | かっしー #-[ 編集]

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