雲游拳房BLOG

螳螂門を中心に、武術全般について取り扱います。当BLOGは螳螂門を代表するものではありません。 文責はすべて片桐個人に帰します。無断転載・無許可の引用を禁じます。

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七星螳螂門 林景山先達(その二)

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姜化龍師祖系 螳螂拳譜

「短打緊要」

進退虚実、*跳出入、
閃展騰那、開合収閉、
長短起落、剛柔硬軟、
各有所長、慎勿*忽、
夫短打之要訣、総是八八六十四門、
九九八十一化、有中門三十二、
左右三十二、知此門路方可入手、
化者、入手而変也、亦可能変化而無窮矣。

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修劍痴著 通背拳譜抜粋(その七)

 急緩論

 急緩之道,急似迅電,令敵難以防護,緩如陰陽,變化神奇,令人莫測。急則少變,緩則易變,急則失其意,緩則待其變,緩入急取,急退緩變,緩緩自然活變。彼若轉動我能随之,急若不克敵勢,思變何以應之?
法曰:臨敵應變急緩相合,此之謂技撃之要道也。

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螳螂門成立の一側面

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曲滋君老師蔵 『二十八将台十八般兵器総集』譜

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国家体委蔵 清代拳譜

 近代以降における螳螂門の理論構築の痕跡を覗うことができる資料である。根本先生の指摘されていた、門の確立に尽力された先達たちの貪欲なまでの姿が浮かび上がってくる。
 『姜化龍~宋子徳拳譜』の「短打理論」(八歩螳螂門、衛笑堂老師の著作中にも記載あり)とこの「鞭論」が同じものであることは、対比すれば一目瞭然である。
 二葉の写真の拳譜とも、話題の書である『少林衣鉢真傳』(全四巻)の一部分(器械篇・第三巻)と推測される。この書は螳螂門の成立に深く関わっていると思われる。七長八短、八剛十二柔、翻車轆轤等の重要な理論はこれが原典と考えられるからだ。ただし書中に述べられる技術内容、名称とも現行のものとは大きく異なり、現代の山東螳螂門との関係は希薄といわざるを得ない。
 最近大陸側の若手の研究者により、この書の本格的な考証が始まっている。今後の研究発表を注目したい。


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崔寿山太師爺著 太極螳螂拳譜より抜粋(その三)

 傳授歌

費銭費力費精神、不可軽傳不義人、
識者得授応無価、凡夫何必説千金。

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趙玉祥老師蔵 形意古拳譜より抜粋(その三)

 周天法

緊撮谷道内中提、尾閭一起皺節骨、
玉枕難過目視頂、来到丹田存消息、
往前又是鵲橋路、十二時中降下池、
鎖住心猿舎意馬、要立丹田海底基、
一世快楽無窮尽、返本還原心自知、
久練自成金剛体、百病皆除如童子。


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李昆山太師爺 (その四)

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六合螳螂拳 雑感(その二)

 96年頃だろうか師父と共に練習をしているとき、なぜか師父の動きに遅れたり逆に早まったりしてしまうことに気付いた。完全に一緒に合わせて動いているわけだから、普通なら起こりえないはずだった。私には打ち慣れた套路であり、しかも少なくない時間、その下についた師の動きである。私にとっては、リズムという言葉だけでは簡単に片付けられない現象であった。何か訳のわからない壁にぶつかった気がしていた。
 その後留学を開始し、師父と日々の生活を共に過ごし、遠回りをしながらも、やっと糸口が見えてきた。多分ここが一般的に六合螳螂拳の学びにくいといわれる由縁なのかもしれない。六合では、コンビネーションとしての技の順序はあまり重要ではない。だからと言って、一撃に大きくこだわるわけでもない。あえて分解すれば、始めに「つくり」があり、インパクト自体は控えめに存在し、更に「つくり」としてのフォロースルーがつづく、これが六合の動きの基本だと思う。この一連の流れが拳理となり、コンビネーションとは違った意味の回転、連環が重要視されてくる。すなわち以法制人の理念になる。

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六合螳螂門傳 螳螂拳譜 抜粋 (その一)

重訂増補羅漢行功短打通解

 行功歌訣
子午卯酉昼夜還、焼酒房事不可貪、
軽撃重打有先後、日就月將勿間断、
昔日依此成羅漢、我輩学来作奇男、
千錘万練猶嫌少、何惜功夫一百天。

 行功一道或摘用或全用倶要清心寡慾朝乾夕暢行功之時宜存神固氣由心径而達于四肢自然流通略無矯強即不行之時作止語黙亦須全真養元使無散乱斯為精于行功。


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修劍痴著 通背拳譜抜粋(その六)

剛柔論
 剛柔之則,剛居其一,柔居其九。古云:過剛則易折,用柔不可獨用柔,用剛不可獨用剛,用剛相兼用柔,用柔相兼用剛,剛柔相濟,剛中含柔,柔中含剛,柔進剛随,剛退柔變而莫測動合之。

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修劍痴著 通背拳譜抜粋(その五)

虚実論
 虚実之要在于心不在于形。心若虚,形雖実也虚;心若実,形雖虚亦実。去実則攻撃,從来実則難攻,実則易破。若彼虚我実,性貪,貪則力猛,猛則出乎無虚敵,勢突變,手足失措,雖有智,變亦不及。法曰:虚実相應臨變制敵也。

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93年 初訪中 (その一)

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93年、根本先生、沖野先生、大野先生の訪中に初めてご同行させていただきました。
(遠藤先生は急用の為、残念ながら直前の参加キャンセルとなってしまわれました。)
このとき憧れの王元亮師爺に初めてお会いすることが出来ました。
写真は、一緒に青島に行った同学、日野師兄、岡田師弟、鈴木小姐、片桐の四名が師爺から乱接拳天分肘のご指導を頂いているところです。 (本当に感動感謝感激でした!!)
一番手前の太っていて性格が悪そうなのが私です。当時110kg超えていましたので、練習中身体が非常に重かった事を憶えています(笑)。

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太極梅花螳螂門 Hao斌先達

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趙玉祥老師蔵 形意古拳譜より抜粋(その二)

習藝二戒

一曰戒自是。
鎗刀拳棍自有不易之準過與不及皆非的當人是我非須當舎己從人若執迷自是終於無成。

二曰戒自満。
鎗刀拳棍本無盡境習一藝更有一藝相迫得一招更有一招相乘侈然自満則半而未盡之弊終不勉矣。

習藝者果勉二勤励三知凛二戒其不至人歩一歩人進亦進然而不成者未知有也。

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李昆山太師爺 (その三)

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Hao二老道 Hao恒禄先達(その二)

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曲滋君老師提供

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Hao家門太極梅花螳螂拳

 梁学香師祖の次の代に、有名な姜化龍師祖のほかに赫蓮茹(赫宏)師祖という拳師がいる。この方が赫家門、すなわち太極梅花螳螂門(梅花太極螳螂門の説もある)の祖である。赫家は螳螂拳以前にも家伝の武術(羅漢拳?および太乙槍等)で既に盛名があり、「神槍赫」のあだ名を代々受け継いでいた。赫宏師祖は青年期の終わりから中年期に掛けて、梁学香の子である梁進川(敬川、景川)師祖と出会い、把兄弟(義兄弟)の関係を結び、そのまま螳螂門に入ったと伝えられる。いわゆる現在梅花系と呼ばれる螳螂門の道統を継いだが、それだけに飽き足らず、七星系の内容も貪欲に吸収し、更に一族一門の内部で次々と内容を発展させていった。赫宏師祖は螳螂門への参加こそ遅かったものの、後に行われた民国政府による武術実態調査では、煙台八大名師の一人に挙げられ、「螳螂赫宏」(赫家拳房)の名はつとに名高い。ただし赫家門としての完成は第二代を待たねばならなかったと私は考える。理由は赫宏師祖御自身の早世(わずか五十歳と聞く)、「赫家五虎」(実際は六人)の存在である。赫宏師祖には多くの子が居り、武術で有名なのはそのうちの六人の兄弟である。上から恒議、恒禄、恒常、恒信、恒坡、恒祥である。彼らはそれぞれ類稀なる実力を備え、名家の末に恥じぬ存在であった。彼らの手によって赫家門は完成した。そのうちの一人は故郷である廟后村に武術を伝えるために帰郷し、残りの五人が煙台で「五虎」とあだ名されたという。しかし何時の時代でも同じことかも知れないが、動乱は武藝に秀でた彼らを求め、各地の軍閥や国術館に招かれ、一人また一人と煙台を旅立ち、その多くは再び戻ることがなかったという。最後まで煙台に残り赫家拳房の灯火を継いだのは、赫四彪子こと赫恒信先達であった。姜沂老師はこの赫恒信先達の徒弟である。第三代に当たる赫斌先達は赫二老道こと赫恒禄の子である。祖父そして父に学び、更に技芸を高めるため紀春亭(姜化龍系)に随い摘要を学び大成した。現代(80年代)の中国にまで武術を伝え、今も多くの徒弟達がさまざまな場所で活躍している。
注…Hao=[赤+おおざと]、読みにくいので赫の字で代用しました。

以前の日本の螳螂拳情報は殆どが台湾香港からのものに限定されてきました。台湾ではなぜか赫家門の伝承は詳らかにされてきませんでした。わずかに高道生氏の記述、韓慶堂先達の徒弟である李茂清氏の習武経歴の中にその姿を垣間見るだけでした。しかし中国北方の地では名門の誉れ高い、多くの門徒を持つ一門です。日本にも数名の伝人がいると噂を聞きますが実態は明らかではありません。老螳螂拳研究会では、王秀遠老師の入門徒弟である青砥満師兄、大野徹兄、そして劉長功老師の学生である谷口師弟がこの螳螂拳を伝えています。門の詳細は彼らからの発表を待ちます。この文章にあたっては、曲滋君老師(志軍、志君の異字別名有り。赫恒禄の親外孫。赫斌先達の徒弟)からお聞きした情報と姜沂老師の回憶を基に作成しました。

近い将来に王秀遠老師の来日講習会が行われる予定があるそうです。日本の雑誌「武術」でも80年代終わりに山東螳螂門を代表する名師として紹介された老師です。その技にはますます円熟が加わり、更なる高みを感じさせます。伝統螳螂拳の技を現代に示せる数少ない拳師です。講習会は一般公開予定との事ですので、興味のある方は詳細の発表をお待ちください。

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太極螳螂門 張發祥老前輩(その三)

姜沂老師の武館で練習していた冬のある日のこと、
眼光の鋭い一人の高齢の客人が現れた。
武館の扉を開け、言葉も発さずにその身を入れると周りを睨みつけた。
座っている姜老師を見つけると、つかつかと近づき指を姜老師に突きつけ、
語気荒く問い詰め始めた。
客「姜沂よ、聞くところによると、最近日本人に武術を教えているそうじゃないか!
  お前は何を考えている!あの戦争を忘れたのか!」
姜老師がかすかに私に目配せをすると、立ち上がり、
その客人の背に手を置き、なだめながら太師椅子の一脚を勧め、座らせた。
姜「もちろん忘れちゃいないさ。だが昔とは違う、もう時代も変わった。」
そして振り返り私を指差した。
姜「その子がその日本人だよ。」
客「・・・・・。」
姜老師は腰掛けると、私に向かって手を招いた。
姜「片桐!何をしている!客人に早くお茶をお入れしなさい。」
そのまま客人を示し言った。
姜「彼は私の古くからの友人で、やはり螳螂門の人間だ。」
お茶を注いでいると、姜老師が私を紹介してくださった。
姜「この子は片桐陽といい、日本から螳螂拳を学びに来た。」
客人は鋭い眼光で頭の上から下まで切りつけるように私を見ると、
厳しい表情のまま一言も発さず姜老師に向き直った。
仕方なく、私は礼を失わぬよう一歩退き直立不動で侍っていると、
御二人はそのまま共通の友人の消息や近況を静かに話し始めた。
数十分が過ぎ、姜老師が話を止めチラッとこちらに視線を送ると、
その客人は少しだけ表情を緩めながら、私の方に振り返り聞いた。
客「螳螂拳を学びに来たそうだね。日本では何か学んでいたのかね?」
片「太極螳螂拳と六合螳螂拳を少しだけ学びました。」
客「太極螳螂拳?・・・太極螳螂拳をかね。・・・ではやってみなさい。」
姜「遠慮してはいけない。日本で学んだものをしっかりと打ちなさい。」
片「お恥ずかしいレベルですが、では。」
武館の中央に立ち、根本先生より学んだ乱接拳を打つ。
客「うんっ、確かに太極螳螂拳のものだ。それを一体誰から学んだのかね?」
片「日本の先生からです。」
客「彼は中国人、いや山東の人間かね。」
片「いえ、日本人です。名を根本一己と申します。」
客「日本人!?では彼はそれを誰から学んだといっていた?」
片「王元亮師爺です。」
客「なにっ王元亮!王玉山の次男の王元亮かね。」
片「はい。」
客「おおっ、間違いない。確かにいまお前が打ったのは間違いなく王玉山の乱接拳だった。
  われわれは本当の同門だよ。片桐陽、近くに来なさい。」
客「私の名は張發祥という。私は初めに崔壽山老師につき螳螂拳を学び、
  その後彼の弟子たちから続けて学んだ。やはり太極螳螂門の門人だ。」
それまでの厳しい表情を一変させ、口元を綻ばせた。
客「お前の師は日本人だといったが、お前の演武からでもお前の日本の師が、
  正統なものを学んだことがわかる。そうか王元亮の徒弟か。」
しかしまた表情を沈ませ、しばしの沈黙の後、ゆっくりと口を開いた。
客「ひとつだけ先に聞いておく・・・・、
  お前は学んだ武術を以って中国人を打たないと誓えるか?」
片「えっ。」
客「どうだ、誓えるか。」
片「はいっ!もちろんです。」
客「・・・・・・・、ではお前に少しだけ指点を与えよう。よいかな、姜沂よ?」
姜「よかったな、片桐。お前は本当に幸運だぞ。」
片「あっ、ありがとうございます!張老前輩!」

*大分長文になってしまいましたが(笑)、これが張發祥老前輩とのファーストコンタクトでした。たぶん古くから中国で武術を学んでいる方は似たような経験を少なからずお持ちだと思います。反日感情のことが言われて久しい昨今ですが、これほどはっきりとそれに遭遇したのは私にとって初めてでした。今回張前輩との出会いをあらためて文章にしてみて、いままであまり認識していなかった姜老師の機転気配り心意気に深く感動してしまいました。本当に素敵なやさしい老師ですね。ちなみに姜沂老師は太極梅花螳螂門、張發祥老前輩は太極螳螂門。梁学香師祖以降分かれた派のそれぞれ後代です。
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崔寿山太師爺著 太極螳螂拳譜より抜粋(その二)

論力与勁之別
 陷于肩背者謂之力,能倏達于四肢者謂之勁。拳術之用,不貴于多力而貴于有勁。勁不能久有,而能時用不竭;力雖可以持久,而不能達于四肢,不通于応敵。如農夫負重,行赤日中而不喘,力大氣和也。然使以手撃物,其着物也必軽。善拳術者多無担負之力,然當其手者*跌尋丈外,此力与勁之別也。勁之應敵也,如矢之離弦,其著于身也,如蜻*点水,一着即止。学者不明夫力与勁之別而漫然習之,拳易演而身益陷,一式未完而已氣喘汗出,自謂用尽平生之力,究其着于人者無機。此無他,不知透出肩背而易勁之法也。其法是在于,初演時不多用力,手手用勢吐氣出,習之日久,肩背之力自然流通,然後再求之穏,斯過半矣。

*文章自体は不肖生(向然)氏の著作「拳術」より転記されたものと推察される。
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七星螳螂門 羅光玉先達

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修劍痴著 通背拳譜抜粋(その四)

動静論
 動静之則,動之則分,静之則合;動静之要,動時含静,静時生動,動極變静,静極變動,動則進撃,静則待守,撃則急似迅風,令其聞風而傾,待則緩慢其變令人難測。静以待機,乘機而御,動則奇撃令人不備。静待蓄力,如伏炮動撃,發力如發炮,縮中含伸,蓄而後發,力發于背,力出氣随,身動歩随,手動眼随,動静合宜,静以待動,窺其勢而不動,則无奈我何矣。


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王啓増老師

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98年煙台、左からGiovanniMattei師兄、王啓増老師、片桐

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太極梅花螳螂門 姜沂老師 (その一)

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七星螳螂門 張顕耀老師 (その一)

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97年、青島にて張顕耀老師と片桐

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丁子成一門

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 趙乾一を掌門大徒弟とする。張祥三、袁君直、趙樹林、傅嘉賓、于文卿、そのほか数名が門下にいる。彼等はそれぞれに丁子成古伝の六合を受け継いでいる。私の師爺である單香稜は姻戚関係から、槍棍術の交換教授を通じ丁子成の門下に加わった。それゆえある意味、一門では傍系ともいえる系統である。しかも黄県民衆教育館を経ずに直接丁子成の屋敷内で学んでいたため、師兄弟間に多少反感が生まれてしまったことも事実のようだ。ただし趙乾一先達と單師爺の交友は非常に深く、北京において既に名を挙げていた單師爺が北京に移住してきた趙先達の生活をサポートしたという経過がある。師爺も回憶の中で常に大師兄への尊敬を口にされていたようだ。また林師父御自身も、單師爺の家で師爺と槍棍術の対練をされる袁君直先達を親しく眼にされている。
 以前日本で出版されたある書籍に、單香稜師爺を一方的に持ち上げ張祥三先達を否定するような文章が一部分あったが、單香稜一門の後代としてこの誤りをここで糺したい。張祥三先達は正当な丁子成古伝の六合螳螂門の伝承者である。どこの武術門派でもそうなのかも知れないが、本人同士は親しく往来があっても、本人たちが居なくなった後の次の世代が罵り合う、という悲しい状況が見られる。師爺を否定する文章もいくつか大陸で眼にした。自ら学んだ門に誇りがあれば他を貶める必要はないと思う。單香稜師爺は学拳の経過を弟子たちに隠さなかったし、林師父もまたその事実を口にすることを避けなかった。


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太極螳螂門 張發祥老前輩 (その二)

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掠水棍棒を示範

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林基有師父 (その一)

 通り名としての林基友が世間に認識されてしまったため、そちらの方で呼ばれることが多い。発音は同じである。家譜に則った名は林基有、正式な入門に際して師父より正された。
 林基有一門では正式な門人の証となす情報があり、單香稜師爺、林基有師父、そして我々の一代をつないでいる。これは師父も師爺に拝師した際に初めて伝えられたと聞く。ただし私が各地に散らばる單師爺の他の徒弟達を訪ねた際には問われた事がなかったので、林基有一門のみのやり方なのかもしれない。

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修劍痴著 通背拳譜抜粋(その三)

技術之要論

学而時習貴乎専,闡明原理啓其端。
恒心持久成功道,深造精到必勝権。

 欲求技術之精,貴乎専而已矣,恒而已矣,能専与恒,天下無有不成之事,何况区区技術之微哉。其要悉在于思,一尚思而不得,則再思、三思,則無尽思,任何艱難阻碍之事自能心神悟徹,得其妙理之深精。所謂思之思之,此乃深靠自得,専精自妙。訣即:技術神奇之金針金筏,不可尋常視之也。由此視之,専一務与有恒,為百事之根。所謂思之思之,要言即専一恒,之意如是、法不求精而精,勢不求巧而巧矣。

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六合螳螂拳 雑感(その一)

六合螳螂拳を初めて見たとき、
ついに機会を得たのだという感動と共に、
なんて泥臭すぎる武術だろうと感じたことも正直な事実だ。

しかし何時の頃からだろうか、
師父の動きが、とても美しく、とても芸術的なものに見えてきた。

これまで多くの門派の武術家に出会い、様々なものを見てきた。

六合螳螂拳には、
人を驚かせる速さも無く、息も継がせぬような連撃も無く、
震え上がらせるような激しさも無く、空気を変えてしまうような強い勁も無く、
眼を瞠らせるような体能も無く、瞑想的な動きの優雅さも無い。

そこには声高に主張する華やかさは無い。
しかしとにかく美しい。

そこには、
疾さとでも称えるべき進撃、相手の呼吸の隙間に浸み入っていくような連環、
潮の満ち引きにも似た静かな侵攻、空気を乱すことなく展開する雄大な勁、
眼に留まらぬよう磨き上げられた体能、確信的な角度を以って動く軽快さがある。

多分に言葉を飾って表現するならば、そういうことだろうか。

・・・もちろん自分自身の動きはまだまだ問題外ではあるが。


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崔寿山太師爺著 太極螳螂拳譜より抜粋(その一)

 論勢
 勢之義有二,在于己者日蓄,在于人者為乘。拳手以蓄勢為体,乘勢為用。学者須勉其在己者,然後能求其在人者。己能蓄勢,敵雖無勢可乘,己已立于不敗之地,否則敵雖有可乘之勢,而己有体無用,亦不足以御敵。蓄勢之法,在于鎮静,能鎮静,則能察敵情,能察敵情,則知所攻守矣。兵法所謂,守如處女而動如脱兔者也。

*原本は手抄本。現在、老螳螂拳研究会所蔵。文章自体は不肖生(向然)氏の著作「拳術」より転記されたものと推察される。
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