雲游拳房BLOG

螳螂門を中心に、武術全般について取り扱います。当BLOGは螳螂門を代表するものではありません。 文責はすべて片桐個人に帰します。無断転載・無許可の引用を禁じます。

張福州老師 (その二)

 98年より山東省煙台に二年間の留学をした。留学開始時、王啓増老師(留学中公私にわたってお世話になった)の特別な御好意により張福州老師を既に学校に手配して下さっていた。98年8月、こうして一年ぶりに張老師と思わぬ再会を果たすこととなった。どうせ同じ煙台市内、学校生活が落ち着いてからゆっくりと御挨拶に行こうと考えていたので、まったく何の準備もしておらず、とても失礼な形となってしまった。
 この日より半年間にわたり、学校と張老師の武館でほぼ毎日教えを受けることとなった。実は私はこのとき留学資金準備に多少無理をしたため、身体を壊してしまっていた。そんな状況ででも張老師は根気よく基本功からもう一度しっかりと指導してくださった。本当にこの御恩は感謝しても仕切れない。基本功、弾腿、対弾腿、乱折拳(乱接)、崩歩拳前半部、流星錘、そして数多くの手法を学ばせていただいた。他に同時期に学んだ日本人に、大嶋睦弥氏、澤田容子女史、そして短期間の学習に常松老師門下のI氏、F氏がいる。

 (続く)
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老螳螂拳研究会・六合螳螂拳への道(その二)

 研究会の六合探求のきっかけとなった伊與久師兄は、諸事情により当時日本国内を離れられない状態にあった。それゆえ94年の第一次訪中学習団には残念ながら参加できない見通しとなってしまった。計画の中心人物を欠く形となり、成り行きで参加することになっていた私がいつのまにか独りだけ取り残されていた(笑)。この状況に深く懸念を抱いた根本先生は、札幌分会の斉藤慎也氏(93年春より札幌分会代表に就任)と市川分会の三浦直也師兄に御声を掛けられ、更にこの二名が参加する運びとなった。日本の旅行社より龍口市六合螳螂拳研究会とやっと連絡がついたと、先生のところに一報が入ったのも確かちょうどこの頃であった。ただし、どなたが教えてくれるか、どのような内容を、といった詳しい通達は最後までなかった。
 94年夏、斉藤氏を団長に三浦、片桐の三名で第一次訪中学習団が結成され、龍口に向かうこととなった。(二週間に及ぶ旅行の詳しい経過は項を改め、いつか紹介したい)このとき縁があり、單香稜系の林基有、張道錦両師と出会うことができ、ついに念願の六合螳螂拳の学習が始まった。
 95年夏、斉藤氏と私、さらに伊與久師兄、札幌分会の角瀬氏が加わり、総勢四名の第二次訪中学習団が結成された。このときは学習旅行としては一ヵ月半という比較的長い期間をとり、先年に続き朝昼晩と10時間を超える集中練習を組んでいただき、六合螳螂拳を身体に詰め込んでいくこととなった。この二回の学習旅行で、六合派の本門七套路、更に基本の二套路、中心となる基本功等を老師たちに無理を言って教授していただいた。もちろん時間が圧倒的に足らず、それぞれ完成を見ることはありえなかったが、向上は個々の後の修行に任されることとなった。この年以降、老螳螂拳研究会の六合派の訪中学習団は行われていない。(次の年から片桐の単独学習旅行のみになった。)

 老螳螂拳研究会の六合螳螂門では、北から斉藤氏(札幌分会)、角瀬氏(札幌分会)、伊與久氏(現、姜氏門)、三浦氏(現況不明)、片桐を師兄弟とし、それぞれが系統的な学習を積んだ。この他に佐野氏(名古屋分会)、飯塚女史(市川分会)が六合の専門的な学習を積み、根本先生を始めとする四先生が概要を理解されている。六合螳螂門に興味がある方は、上記の者にそれぞれお問い合わせ下さい。

  (終)

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李昆山太師爺 (その二)

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乱接拳五打連環劈

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七星螳螂門 林景山先達

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雲游拳房

 「雲游」は林基有師父よりいただいた字(あざな)です。
 大陸中国では、字や号といったものは、現在殆ど用いられなくなっています。ある夕べ、師父の家で字の話になり、師父も若い頃、村の長老につけて貰ったとお伺いし、是非にとお願いしてつけていただきました(笑)。いくつかの字をいただきましたが、この「雲游」が私は一番お気に入りです。

 「拳房」は山東省東部で武館を意味する伝統的な呼称です。

 「雲游拳房」は片桐個人が私的な教授、研究、交流の場として開く場地です。

 研究内容は、六合を中心とした螳螂門、その他の武術、器械術、功法、拳理、拳史となります。

 時間は水曜日の夜八時半より(不定期)、場所は戸山公園(早稲田側)です。
 私自身、三十代前半と歳もまだまだ若く、功夫も全然足りません。名師を御求めの方は、どうか別の場所で御探し下さい(笑)。

 私、片桐は根本一己門下として日本老螳螂拳研究会に今も帰属しておりますが、諸々の事情により、研究会の活動からは現在脱退しております。 日本老螳螂拳研究会では、札幌分会の斉藤、角瀬両氏、市川分会の飯塚女史、名古屋分会の佐野氏の各氏が六合螳螂拳を専門に研究をしております。それぞれの分会にまでお問い合わせ下さい。


2010/12/21 訂正箇所
①雲游拳房の教室は全て2010年現在、休止しています。
②片桐は日本老螳螂拳研究会を退会しております。恩師根本一己師の個人的な学生として活動しています。

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張福州老師 (その一)

 日本の武術界と張福州老師との出会いは、常松勝老師門下の新井亘氏の「民間武術探検隊」をきっかけとする。
 新井氏が張老師と数年来の文通を通じ友好関係を深められ、96年に国際武術大会が山東省煙台で開かれた際、常松老師の隊の隊員として参加された新井氏は張老師と久方ぶりに再会された。この大会には日本から参加した隊も複数あり、伊與久大吾師兄は趙玉祥老師の隊に参加していた。新井氏の紹介により、伊與久師兄は張福州老師と面識を得ることができた。会場および張老師の場地で数日間の交流を経て、張老師の螳螂門の功夫に敬服した師兄は日本に帰り、研究会内部で大いにその実力を喧伝した。
 私も伝聞、およびその映像を拝見し、張老師に深く興味を覚え、次の年の訪中時に張老師を訪ねた。このときの状況は新井氏の「探検隊」に詳しい。97年の国際大会は大連で行われ、張老師も参加されていたので、我々一同その会場内外で様々な交流をしていただいた。同大会に一緒に参加していた田中大祐師弟および大連留学中の佐野氏は格別、張老師の功夫に惚れ込み、大会終了後引き続き煙台に渡り指導を受けることとなった。その内容は武藝誌の誌上にて田中師弟の筆により既にレポートされている。

(続く)

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修劍痴著 通背拳譜抜粋(その一)

 通背者何也?通即通達之意、貫通之法;背乃人之脊背,動作之則。本由背,背通肩,肩通肘,肘通腕,腕通手掌,手通指;肩背向下通腰,腰通胯,胯通膝,膝通足,足通歩,歩通身,身通手,身通于眼,眼通心,心通神,神通意,意通胆,胆通气,气通血,血通筋,筋通力。力由背發,根在于足,始由足,貫于背,由背貫于指掌全体,内外貫通一气,法則放長撃遠,此之謂通背。

 術内含三大綱要:
其一、基本勢法理;其二、要訣専恒思;其三、精粹陰陽五行。

 其中又分両要部,謂之外壮与心意。外壮則分剛柔外,力壮則剛,以運使呼為功效;心意則以柔養氣煉氣為要道,貴以柔,煉之則柔,用則含剛,随力發氣,随此則乃技撃之要道。以上之處,壮即是外表心意,即外表以勢為本,以法為宗。勢者形也,法者意也,学其勢必須得法,習其形務要明其意。要訣者即内心専恒之思也,其要専精不止,恒久不輟,思之于朝,思之于夕,無時不思,集思廣益。精神者即是陰陽變化之道,五行生克之理,精神乃動作之妙,此真可為至善至极也。其它各異,形意有別,是以善学者,要識其内外之卑,明其外形之韜,得其内意之略,力求深造専精,而后可以得心應手,御敵制勝,実妙無窮,学者宜明辨*諸矣。

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Hao二老道 Hao恒禄先達(その一)

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太極螳螂門 張發祥老前輩

2002年、今から三年前に研究会の会員ページで書いた記事です。


  最近、よく山東の前輩の姿を思い浮かべることがあります。
 孫徳氏のVCDを見たからでしょうか、
 とくに張發祥前輩の姿を思います。
 張老師は私に「私は八肘はできない」とおっしゃいました。
 それは八肘の套路を知らないという意味ではなく、
 八肘の勁路、意義をまだまだ体現しきれない、
 ということなのだそうです。
 先達から受け継いだものを体現できなければ、
 それはできるとはいえないのだ、
 と胸をはって言い切られていました。
 とても頑固な御方でした。
 二三回しかお会いできませんでしたが、
 螳螂門に対する愛着は傍から見ても、
 とても深いものに感じられました。
 私の大好きな前輩の御一人です。

  上記の理由もあるとは思いますが、
 実は私は孫徳氏のVCDにはあまり感動を覚えませんでした・・。
 張前輩とあまりにも風格が違いすぎました。

  崔寿山先達から直に教えを受け、
 続けて崔先達のお弟子の方々に指導を受けられた張前輩は、
 80歳近く、しかも心臓病を患っているという身体で、
 摘要の数手を打ってくださいました。
 前輩の言葉を借りれば、
 崔寿山の技はさながら鞭のようであったそうです。
 そしてご本人の動きにも、
 まごうこと無いその風格が体現されていました。
 そして最後に張前輩は「私は摘要はできる」と、
 不敵な笑顔を私に見せてくださいました。
 とても素敵な笑顔でした。
 螳螂門に一生涯、真直ぐ向き合ってきた誇りがにじんでいました。
 自分もこんな素敵な老拳師になりたい、
 そう本気で思いました。
 
  片桐 陽:Nov24/2002,00:19 
                                 』

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Hao四彪子 Hao恒信師爺

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莱陽三大山之一 李昆山太師爺

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莱陽三大山之一 崔寿山太師爺

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莱陽三大山之一 王玉山太師爺

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龍口(黄県)傳 單香稜系 林基有師父傳授六合螳螂門

・基本套路
大洪拳
小虎燕拳

・本門套路
仙手奔
蔵花(葉底蔵花)
鐵刺
截手圏
照面灯
短錘
双封
五手(対練)

・器械
六合槍棍術
六合対棍(対練)
六合刀
三合剣

・別伝
双錦拳
形意五行拳
形意連還拳
八卦掌基本功


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老螳螂拳研究会・六合螳螂拳への道(その一)

 老螳螂拳研究会としては、92年春に伊與久大吾師兄が根本一己先生を説得し、この拳門への入り口が開かれた。当たり前のことと思うが、研究会発足当時は王家太極螳螂門の研究が中心に据えられていた。そのため他の派と交流する事があっても、会として他の派を研究するということはあり得なかった。
 もちろんその他に六合を取り入れるきっかけとして、根本先生を始めとする四先生が、91年に煙台で開かれた「煙台市螳螂拳研討会」(国際螳螂拳聯誼会のプレ大会)に参加し、その場において袁翰光(袁君直系)、林述利(單香稜系)、趙国忠(單香稜系)の六合派の三拳師と交流され、研究会内でこの拳に対する興味が高まっていたことも遠因の一つとなった。
 93年より根本先生にお願いし、六合の老師を捜していただいたのだが、捜索の結果はあまり芳しくなかった。このとき王元亮師爺が煙台市の組織の枠組みから既に脱退されていた為、前述の体育運動委員会ルートを使えなかったこともある。(但しこのことは後々私にとっては非常に幸いした。)
 他にも根本先生から、女子全能冠軍で有名な張玉萍老師も六合螳螂を修められており、このルートに伝手があるが、どうか?と打診をいただいた。しかしあくまでも希望は伝統の六合螳螂拳師であったので、丁重にお断りさせていただいた。
 この当時、大陸の六合の情報といえば、前述の交流と中国の雑誌の記事くらいであった。そんな状況の中で、私のわがままを根本先生は快く聞いていただき、最後の手段として中国の旅行社を通じて捜すこととなった。先生からも念を押されたが、実際、これは一種の賭けでもあった。行き当たりばったりと言ってもよいかもしれない。限りなく素人に近い若者を先生として手配された、という笑えない話を噂で聞いたこともあったからだ・・・・。

( 続 く )

 後事を知りたくば、その二を御覧あれ!

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根本一己先生

 日本老螳螂拳研究会主宰

 王元亮公之入門徒弟
 王家太極螳螂門伝人

 十代半ばより、羽根田稔、笠尾恭二、王菊容、馮如龍、徐其成等の多くの名師につき、中国武術を学ぶ。螳螂門に魅せられ、大陸各地に探求を続け、縁あってついに姜化龍系莱陽三大山之一「王玉山」先達の次男、王元亮公に出会う。後に王公に正式に拝師し入門徒弟となる。
 詳しくは根本先生の著作、および日本老螳螂拳研究会HPを参照のこと。 

 私、片桐と根本先生の出会いは高校時代であった。高校の同期生であった伊與久大吾、稲見泰宏両師兄の紹介で初めてお会いすることができた。当日の練習を見学に行き、根本先生の拳風に惚れ込み、そのまま門下に入らせていただいた。
 あれから10数年・・・、今も不肖の学生として根本先生のお世話になっております。

 著作 … 『 螳螂拳大要 』

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日本老螳螂拳研究会

 根本先生、沖野先生、遠藤先生、大野先生の四師により90年12月に設立された。当時それぞれが分会代表(主宰)となり、居住地である、千葉県市川、北海道札幌、山形県米沢、北海道帯広に四分会が開かれた。後に先生方の仕事や生活による移動で、大阪府大阪、愛知県名古屋に分会が続けて設立された。この他にも和光大学練習班、神奈川県横浜練習班、学芸大学練習班、埼玉県草加などにも班や分会が開かれたが、それらは全て活動停止している。
 05年現在、北より札幌分会、米沢分会、市川分会、名古屋分会、大阪分会がそれぞれ活動し、東北にS拳房(非公開)がある。
 練習内容は王家太極螳螂拳を中心に、太極梅花螳螂拳、七星螳螂拳、六合螳螂拳等がある。それぞれの分会で特色があり、分会ごとに独自の練習体系となっている。
 詳しくは日本老螳螂拳研究会Hpを参照してください。


以下、2010年補足
 片桐は現在独立し、バランスアカデミー(日本雲游拳房)を開門しております。


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自己紹介です。

片桐 陽
( かたぎり よう )

1973年生まれ・男性・新宿区雲游接骨院院長

 幼い頃より柔道、続けてレスリングを学び、空手、ラグビー、相撲を経験する。90年5月に中国武術螳螂拳を学び始める。啓蒙の師は根本一己先生。後に根本先生の許しを得て、94年より六合螳螂拳を林基有、張道錦両師に系統的に学ぶ。98年に山東省煙台に留学し、00年に林基有老師を師父として正式に六合螳螂門に入る。
 各時期に謝紹君老師(開極門)、趙玉祥老師(形意門)、張顕耀老師(螳螂門)、張福州老師(螳螂門)、王啓増老師(秘宗門)、姜沂老師(螳螂門)等の各師から様々な教示を受ける。また日本の各門派の諸先輩方や拳友より数多くの指点を受ける。

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